過去の追体験をしている意味とは

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サラスヴァティ

ここ数日間の自分自身のテーマであった。まだ消化しきれていな傷口は生々しい。相手を恨んだところで何もならない、それを選んだのは己自身なのだから・・・そんな物分かりの良いことばかり言っていないで怒りをちゃんと吐き出せば良いのか?
過去の追体験をまさか今体験するとは・・・。

サラスヴァティ

今日のサンスクリット格言
यो वै सहस्रं सहस्राणां सङ्ग्रामे मानुषान् जयेत् ।
एकं च जयेद् आत्मानं स वै सङ्ग्रामजिद् वरः ॥
(yo vai sahasraṃ sahasrāṇāṃ saṅgrāme mānuṣān jayet |
ekaṃ ca jayed ātmānaṃ sa vai saṅgrāmajid varaḥ ||)
戦場にて幾千の人々に勝つ者よりも
ただ己に勝つ者こそ 最も優れた勝利者なり
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解説:
人は往々にして、外の世界に「勝利」を求めます。仕事での成果、他者との比較、社会的な評価――私たちの日常は、目に見える勝ち負けで溢れています。千の敵を打ち負かす英雄の物語は、いつの時代も人々の心を熱くしてきました。
しかし、この古い言葉は静かに問いかけます。本当に勝つべき相手は、どこにいるのかと。
戦場で幾千もの敵に勝つ――それは確かに途方もない偉業です。けれども、この格言はそれ以上に困難で、そしてはるかに尊い戦いがあることを伝えています。それは、自分自身との戦いです。
私たちの内側には、怠惰に引き戻そうとする力、怒りに身を委ねたくなる衝動、不安に飲み込まれそうになる弱さが住んでいます。外の敵は目に見えますが、心の中の敵は姿を隠し、油断した瞬間にそっと忍び寄ってきます。だからこそ、この戦いは千の戦より遥かに難しいのです。
興味深いのは、この言葉が「敵を倒す」のではなく「己に勝つ」と語っていることです。自分自身を敵として滅ぼすのではなく、自分を深く知り、乗り越えていくこと。そこには、力ずくの征服ではない、もっと穏やかで、しかし揺るぎない強さがあります。
朝、目覚まし時計が鳴った瞬間の小さな葛藤。つい口にしそうになる余計な一言を飲み込む一瞬。誘惑を前にして、静かに自分の軸に戻る選択。日々の暮らしの中にある、誰にも見えない小さな勝利の積み重ねこそが、この格言が讃える「最も優れた勝利」の姿なのかもしれません。
外に向けた剣を静かに下ろし、自らの内側をまっすぐに見つめること。それが、どんな戦場の英雄よりも気高い勝利者への道であると、この言葉は数千年の時を超えて、今日の私たちに語りかけています。
いつもお世話になっております
スピリチュアルインド雑貨 SitaRama(シーターラーマ) さん
の記事からの氣付きでした

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