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日々のこと

今日のサンスクリット格言

पुण्यो वै पुण्येन कर्मणा भवति पापः पापेनेति ।
(Puṇyo vai puṇyena karmaṇā bhavati pāpaḥ pāpeneti |)
善き行いによって善きものとなり、悪しき行いによって悪しきものとなる
(ブリハッド・アーラニヤカ・ウパニシャッド 3.2.13)

解説

静かな森の奥深くで、一人の庭師が黙々と土を耕している姿を想像してみてください。
彼が美しい花を咲かせるのか、あるいは雑草に覆われた荒れ地を作るのか。
それは、彼がどのような種を選び、どれほどの手間をかけて育てたか、その一点にかかっています。
この古い言葉が伝えているのは、私たちの人生という庭もまた、まったく同じ法則で動いているという真実です。
私たちはしばしば、「自分」という固定された存在がまずあり、その自分が何か行動を起こすのだと考えがちです。
しかし、この言葉は逆の視点を提示します。すなわち、「日々の行動こそが、あなたという存在そのものを創り上げている」のだと。
彫刻家がノミを振るうたびに石の形が変わっていくように、私たちが発する言葉、心に浮かべる思考、そして手足を使って行う動作の一つひとつが、私たちの魂という素材を削り出し、形作っています。
誰かに優しい言葉をかけるとき、それは相手を喜ばせるだけでなく、あなた自身の内側に「優しさ」という成分を定着させています。困難の中にある人に手を差し伸べるとき、あなたの心には「強さ」と「慈愛」という筋肉が育まれます。逆に、怒りに任せて誰かを傷つけたり、自分さえ良ければいいと貪ったりするとき、その鋭い刃は相手に届く前に、まずあなた自身の心を傷つけ、荒廃させてしまうのです。
「善きもの」になるか、「悪しきもの」になるか。
それは生まれつきの才能でも、運命のいたずらでもありません。それは、私たちが朝起きてから夜眠るまでに積み重ねる、無数の小さな選択の結果なのです。
この法則は、一見すると厳しく感じるかもしれません。

「今の苦しみも、過去の自分のせいなのか」と。

しかし、深く見つめれば、これほど希望に満ちたメッセージはありません。なぜなら、もし過去の行いが現在の自分を作ったのなら、今この瞬間からの行いによって、未来の自分をいかようにでも新しく創り直すことができるからです。

昨日の自分がどうであったかは、もはや重要ではありません。大切なのは、今、この瞬間にあなたが何を選び取るかです。
澄んだ水を一滴ずつ器に注げば、やがて水全体が透明になっていくように、今日一日、誠実で清らかな行いを一つ選んでみてください。誰にも見られていない場所でゴミを拾うことでも、心の中で誰かの幸せを祈ることでも構いません。その小さな一滴が、確実に「善きあなた」を形成し、やがてはあなたの住む世界そのものを、美しい場所へと変えていくことでしょう。
あなたは、自分自身という人生の庭を耕す、唯一の庭師なのですから。
回想

深いですね・・今、現在に起きている現象。時間・時空が何十年単位で遡っており、過去に体験したことが再び現在に起きている現象をあからさまに感じるようになりました。
これはずっと心残り、記憶に棘として突き刺さってしまったままのものを取り除くチャンスを与えられているのだと氣づけた時、感謝の涙が溢れてきた。
ありがとうございますと何度も唱えるとき、光の中から一つの剣が現れた。
ワタシはそれに手を伸ばし、受け取ることができた。そして、それを己の体の中へ入れた。

「不動の剣」

これから叩き上げて成長させていく段階の剣

それがはっきりと分かり、体内へ入れた質感が残る

そして、過去の棘が抜けたことを実感する。

過去の過ちは懺悔し、赦し、手放すことができる

今日一日の選択を「善の行い・悪の行い」どちらを選択するかは己次第

ありがとうございました

サンスクリット語の格言の参考元
スピリチュアルインド雑貨SitaRama(シータラーマ)
sitarama.jp

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